写真日和Ⅱ

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2012.12.12 Wed 大阪市公館の紅葉

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藤田邸跡公園をあとに、何気なく隣の大阪市公館の前を通りがかろうとすると、「本日、一般公開」の文字が見えました。
公館の前はよく自転車で通るので、その存在は知っていましたが、これまで敷地内に入ったことが無く、せっかくの機会なので見学させて頂くことにしました。

大阪市公館は、昭和34年に「第5回日米市長及び商工会議所会頭会議」が開催されたことを機に、大阪の迎賓館として建設されたものですが、元々は、やはり藤田傳三郎の網島御殿の敷地だったそうで、現在の太閤園から藤田邸跡公園、そして大阪市公館と続くその広大な敷地面積に圧倒させられるばかりでなく、当時、大阪が東京を抜いて日本一の商業都市「大大阪」と云われた由縁に改めて気づかされます。

さて、本館と二つの庭園を含めた約4千坪の敷地を誇る現在の大阪市公館は、国内外の賓客や首脳会談、大阪市民表彰式などの各種式典などに使われているほか、結婚式などのパーティ会場として広く市民に利用されていますが、今年7月には橋下徹大阪市長の意向により、来年度より廃止の方針が打ち出され、民間からの活用方法を公募することが決まりました。

そんな大阪市公館の東庭園には、茶室を含む池泉回遊式の日本庭園が広がり、この日は、ちょうど見頃を迎えていたモミジの紅葉が、晩秋の名残を惜しむかのように美しく色づいていましたが、民間に移譲されても、現在の状態を維持しながら、今後も市民が気軽に見学できるような施設となってもらいたいものです。

【撮影日/2012.12.02】
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2012.12.11 Tue 藤田邸跡公園の紅葉

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大阪・桜ノ宮の太閤園に隣接して藤田邸跡公園があります。
藤田邸跡公園は、関西財界の重鎮・藤田傳三郎の本邸があった場所で、元々は、近松門左衛門の代表作「心中天網島」の舞台となった場所でもあります。

先の大戦により藤田家の本邸は焼失してしまい、戦後しばらくは荒廃したままで放置されてきましたが、JR東西線の開業を機に、藤田邸跡を整備し、市民が憩える公園として再出発しました。

広大な敷地を誇る園内には、春になると、大川沿いの桜に溶け込むように、数多くの桃の花が満開となり、多くの花見客らで賑わいますが、この日は、ちょうど見頃を迎えていたイロハモミジやヤマモミジなどの紅葉が、美しく色づき、晩秋の風情を醸し出していました。

【撮影日/2012.12.02】

2012.12.10 Mon 太閤園の紅葉

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世間はすっかりクリスマス・ムード一色ですね。
今年も残すところ20日あまりとなってしまいました。

さて、今年の紅葉シリーズの最終章は、地元・大阪の紅葉から。
この日は、紅葉撮影に出掛ける予定をしていなかったのですが、午後から少しだけ時間が取れたので、近所で自転車でフラッと行ける所…と思いついたのが、桜ノ宮の太閤園。

太閤園は、大阪を代表する結婚式場として、また、園内の淀川邸をはじめとする格調高い高級料亭として有名ですが、その歴史は、明治42年頃にまで遡り、当時、関西財界の重鎮として知られていた藤田傳三郎が、現在の都島区網島町に、約7000坪の広大な敷地を利用して「網島御殿」を築いたことに始まります。
当時の屋敷は、太平洋戦争の空襲により、そのほとんどを焼失したそうですが、奇跡的にも、東邸の淀川邸のみが残されたそうで、昭和34年には、現在の太閤園として整備されオープンしました。

また、園内には築山回遊式の日本庭園を有し、春の桜に、秋の紅葉など、大阪市内にありながらも、非常に風情があって、都会の喧騒を忘れさせる空間が広がり、2008年に開催されたG8では、晩餐会の会場として使われるなど、各国の首脳らから非常に高い評価を得たようです。

この日、あいにくの曇り空だったものの、園内の紅葉はちょうど見頃を迎えており、池の水面に映る紅葉に癒されながら、静かな時間が流れていきました。

【撮影日/2012.12.02】

2012.12.08 Sat 随心院の紅葉

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平安時代の女流歌人、小野小町。
小野小町が晩年を過ごしたと云われる隨心院門跡には、ゆかりの遺品をはじめ、文塚や化粧井戸といった遺構が残されているほか、狩野派の襖絵などの文化財も数多く所蔵されています。

また、隨心院といえば、毎年3月下旬頃になると、境内地にある小野梅園に、薄紅色の「はねず梅」が満開に咲き乱れ、非常に多くの観梅客で賑わうことでも知られていますが、訪れたこの日は、寝殿造りの本堂前の庭園や庫裡の玄関前に植わるモミジが、小野小町よろしく、しっとりと美しく色づいていました。

【撮影日/2012.11.25】

2012.12.07 Fri 大乗院の紅葉

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勧修寺をあとに、隨心院の総門を入って参道を歩いていくと、長屋門の向かいにある大乗院で、一際真っ赤に染まった紅葉が漆喰壁の塀越しから顔を覗かせていました。

さほど広くはない大乗院の境内に佇む一本のモミジ。
しかし、その見事な枝ぶりも然ることながら、存在感をしっかりと誇示しているかのようで、真っ赤に染まる紅葉が、雲ひとつない真っ青な空にとてもよく映えていました。

【撮影日/2012.11.25】
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