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写真日和Ⅱ

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2012.07.16 Mon 全興寺の蓮

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奈良・喜光寺をあとに、大阪へ戻って平野にある全興寺(せんこうじ)へと向かいました。

全興寺がある平野は、大阪で最も古い街といわれており、その歴史は原始時代にまで遡りますが、最も隆盛を極めたのは、戦国時代に自治都市として「平野郷」が形成され、堺と同様に発展したと云われています。
また、豊臣秀吉が大阪城築城の折、わざわざ平野郷の町人たちを城下町に住まわせたほどで、その名残が、現在でも船場近くに「平野町」という地名として残されています。

そんな平野郷地域は、第2次大戦の戦火を免れたこともあって、数多くの遺跡や遺構などが残されており、街おこしの一環として平野郷界隈の賑わいを取り戻すべく、長屋住宅や町家といった伝統的建築物の再生と保存、あるいは、「町ぐるみ博物館」をベースとした文化や風俗の伝承など、様々な試みが行われてきた成果もあって、最近では他府県より観光で訪れる人も増えているのだそうです。

さて、平野郷地域にある全興寺は、「平野」の発祥の地とも云われ、聖徳太子が創建したと伝わる古刹は、「おおさか十三仏霊場」及び「摂津八十八ヶ所霊場」に指定されており、境内にある本堂は、大阪夏の陣で一部を焼失したものの、江戸時代初期に再建されたもので、大阪府下では現存する古い木造建築の一つに数えられています。

その本堂の片側を囲むように、毎年この時期になると、地植えされた大賀蓮が美しい花を咲かせ、地元の人たちを楽しませます。
訪れた日は、ちょうど見頃を迎えたところで、参拝に訪れた地元の人たちは、「今年もキレイに咲いたなぁ」と、嬉しそうに見て行かれました。

全興寺境内には、他にも見所が満載で、今回は紹介できませんが、昭和20~30年代に駄菓子屋に並んでいた玩具が展示されている「駄菓子屋さん博物館」をはじめ、小さな子供には恐怖としか思えない「地獄堂」や、地下に作られた瞑想空間などがあり、思わず2時間少し滞在してしまいました…。

今回は時間的な都合で、全興寺のみの訪問となりましたが、機会があれば、のんびりと平野郷界隈を散策してみたいと思います。

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あー、恐ろしい…。

【撮影日/2012.07.08】

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